CEO

代表取締役

代表取締役兼CEO 西田 一裕

アクセス頂いてありがとうございます。私の経歴や考え方などをまとめさせて頂いております。皆様のHAPPYを第一に取り組んでおりますので、弊社の取り組みや私の考え方に触れて頂けるページとなればと思っております。

代表取締役 西田一裕

経歴

1980年12月 岡山県井原市美星町生まれ
岡山県の岡山県西南部にあり、名前の通り星のきれいな街です。日本で初めて星空を守るための専門条例「光害防止条例」が施行され、現在も運用されています。良くも悪くもコンビニさえも設置できない環境にあり、自由にのびのび育つ事が出来ました。

家の近くには「美星天文台」が設置してあり、国内最大級の「口径101cm反射式望遠鏡」となります。小学生の頃は家の近くという事もあり、よく足を運んでいました。壮大な夢が出来たのもこのころの経験があったかもしれません。今でも帰郷した際には足を運び自分の小ささを噛みしめています。

そのすぐ横に国家プロジェクトとして「美星スペースガードセンター」が設置されており、宇宙のゴミの観測、地球に接近してくる小惑星の観測を行っています。

美星小学校、美星中学校
を卒業し高校進学により美星町を離れました。

1996年4月 笠岡工業高等学校 電気科 入学
学生の時から興味があった電気課に入り電気回路、プログラミングの知識について学びました。プログラム言語はBASIC、C言語の基礎となります。

取得資格
電気工事士資格、危険物取扱者資格 小型建設機械運転資格 溶接資格

1999年 4月 倉敷芸術科学大学 機能物質化学科 入学
機能物質化学は新しい機能、優れた性質の物質をを創り出す分野です。
血栓を溶かす事で有名な納豆の中に含まれているナットウキナーゼを発見した須見教授が有名です。

私は小林研究室に所属しておりPC計算による分子・原子の安定レベルの測定をしながら、高価な物質を使わずして化学化合物をシュミュレートしていました。またソフトウェア学科の授業にも積極的に参加。Linaxを使い自作サーバーを研究室で管理しながらITスキルも同時に磨いていきました。当時のスキルは現在の会社ITを支えています。

2003年 4月 フジフューチャーズ大阪支店に新卒入社
将来起業という目標もあり、大学生の時に「売るのが難しい営業」に就こうと思っていました。若いながらも教授やネットなどで調べたところ「投資営業=嫌われる営業」だと。この会社で売れるようになれば自分で会社をやっても大丈夫だと思い入社しました。東京本社での勤務希望でしたが、大阪に配属され大阪の商いを見る良い経験になりました。

新人100名の中で5位以内をキープし2年間、必死に会社に噛り付きました。2年間経ったある日突然、「東京へ!」

かつての夢である東京で会社を起こす夢が自分の中で大きくなっていき、支店長に話をして円満退社する事となりついに東京へ足を運んだのです。

2005年 10月 ディップ株式会社 東京本社に入社。
どうせ東京で力をつけるなら、当時ブラックだと言われていたIT業界を目指すことに、しかも「ベンチャースピリットがある上場会社」そんな条件ですぐに決まるはずもなく半年間、無職となってしまいました。前職の給与が高かったこともありバイトを一切せずに打ち込んでいた事が、奇跡を呼び、当時中途200名、新卒200名採用していたディップ株式会社に拾ってもらう事となったのです。

しかしBtoCからBtoBの壁は厚く、最初の1年目は散々な結果。やる気だけが空回りして結果が出せなかったのです。そんな中でも前に進む気持ちだけは消えていませんでした。
「今はうまくいかなくても20代で必ず起業する!・・・」

そんな中転機が起こったのが、代理店営業部への部署移動でした。様は売れないので左遷です。しかしそこで運命的な出会いがありました。
「西田君は何を焦っているの?今何をするのか?1年後は?そして自分の好きなことをすればいい。3軸用意しなさい、一緒にやろう!」

リクルートを卒業して海外を見てきた上司は、メチャクチャ勉強している人で会話の引き出しが多彩な人でした。代理店を一緒に周っていく中でWin-Winとは何かを教えてもらいました。

その甲斐あって、当時、年齢が高い代理店営業部にて27歳の最年少課長へと昇進したのです。管理職になるとクライアントが話す内容が劇的に変わりました。現場相談から経営相談へと言う事です。今まで興味があった分野なのですぐに付いて行く事が出来ました。

ついに企業をする準備が出来た訳です。

2009年1月 フリーランスとしてオリジナルプランを開業
高円寺の北公園横のマンションで独立しました。しかしリーマンショック後の市場はとても厳しく、求人の営業に行っても逆にSTAFFを引き取って欲しいと全く話になりませんでした。わずか半年で廃業の危機を迎えたのです。いつも奇跡はそういった時に起こるものです。ディップ株式会社で担当していた代理店3社から同時に電話が鳴ったのです。

私は先輩経営者のプロジェクト依頼を引き受け確実に顧客を増やしていきました。そんな中、現在営業責任者をしてもらっている上杉が大手派遣会社を退職し手伝ってくれることになったのです。元々、ディップ株式会社時代に私が担当していた代理店の窓口担当でお世話になっていました。私がディップ株式会社を辞めて、上杉も辞めていたのです。

そこから売上を確実に伸ばしていき、いよいよ次のフィールドに移行する時が来ました。経験も知識は全くありませんでしたが思いだけはシッカリと込めた経営企画書を新宿政策金融公庫に持ち込みました。伸ばしていきたいという思いと今までの実績が評価され350万円の融資を受けることが出来ました。2年が経った時の事、いよいよ株式会社化をする時が来たのです。

2011年12月 株式会社オリジナルプラン設立
株式会社にした私は事務所を契約し、STAFFを募集するために求人を始めだしました。マンションカンパニーからの脱却を行ったのです。今思えば借入額の割には大きな投資をしたと思っていますが、この時開拓した顧客が現在の当社を支えて頂いているのです。

企業理念「全ての人と企業をHAPPYに」
会社にした際の企業理念です。クライアントだけではなく利用者にも喜んでいただくこと、ビジネスはWin-Winで形成されている事、HAPPYを配った数だけ弊社の売上が上がる事。そんな勉強してきた事を創造していきたいと思いオリジナルプランを設立しました。

それは社員にも強く求めて生きましたが、出来たばかりの小さな会社。高く、強い志を持った社員は集まるはずもなく入社しては辞めていきました。しかし、方針を変えるつもりはなく、更に半年に1度社内改革をすることにしました。改革をする度にSTAFFは辞めていきましたが、更に改革を続け、採用方針もそれにより変化し続けました。それは少しづつ確実に浸透していき、クライアントからの支持も少しづつ上がっていきました。

2017年夏、遂に移転を伴う改革に動き始めました。
「求人映えするフォトジェニックなオフィス」をテーマにオフィス探しをはじめ、同年11月移転をし新しいオリジナルプランの運営を始めたのです。

2017年11月 神田に本社を移しKanda Laboと名称変更
クライアントの為に自社を使って実験、検証を繰り返す。今までのそんな考えがオフィスを大幅に改装することで次のフィールドに移る事となりました。神田本社をKanda Laboと名称変更し、クライアントとSTAFFの為のオフィスが完成したのです。

今まで何でもありだった社内ルールを制定し、「全てのSTAFFが働きやすオフィス」を目指しました。これは求人原稿と実際に働いてからのギャップ0を実現するために重要なことでした。給与改定もすることで、今回のHalf a year revolution(半年改革)は始まったのです。

CEO Policy

ITの中心にはいつも人がいて世の中が今よりも良くなる為に行動を起こす

私は常にそんな事を考えながら業務に当たっています。利益を得る為にどれだけ社会貢献するのか?またそれをブラッシュアップし続けれるのか?それを可能にするのはいつも「人」であり、クライアントを想い生まれた「アイデア」だと思います。また皆様には大変申し訳ないのですが、当社と共通言語で話が出来なかったり、自社の利益を中心に考えている等のWIN-WIN取引を望まないクライアントはこちらからお断りさせて頂いておりますのでご了承ください。

Client Policy

変革を一緒にやり遂げたい

今までと変わらないでうまく行けば良いですが、現在の日本経済はグローバル化が進むにつれ、変化し進化して非効率を捨てて世界と競争しています。つまり変わらないという事は日本経済での企業存在価値がなくなり朽ち果てて消えてしまうという事です。弊社の提案は相手に変化を求める機会も多くあります。守りたいものも確かにあります。重要なものは守ればよい、ですが自己利益で過ぎない事であれば周りを苦しめる前に改善すべきだと思っております。。互いに挑戦しパートナーとして一緒に成長できればと思っております。

Solution Policy

皆様から聞く課題は真の課題ではない

私は様々なクライアントから様々な悩みの相談を受けてきました。私がまだ若い時クライアントの言っている課題に正面から向き合っても課題が解消する事はありませんでした。しかしチョット考えれば当たり前の事でクライアントが自社の真の課題に気付き、対策を考えているのであれば当社がお手伝いする必要はありません。幻想の課題に振り回されて本質が見えなくなっているからこそ他社が一緒に考え改善する事でソリューションビジネスは成り立つと思っております。そこで当社と関わるクライアントにお願いが1つだけございます。

約束して欲しいのは一緒に考えて頂けること

もちろん投げっぱなしにして頂いても最高のパフォーマンスを表現させて頂きます。取引後に一切連絡がつかなくても手を抜かず担当させて頂きます。ですが「課題解決」は一緒に考えてアイデアを出し合った時にしか解決しない事を私は知っています。それもそのはずです、新しい取引先を探しているという事は「解決できない課題」があるのですから・・・。

STAFF Policy

同じ想いを共有しシナジーを発揮する

皆様と実際に商談をさせて頂くのは当社STAFFです。当社は25歳以下の若い社員が多いのでプロとして未熟な面があるかもしれません。ですが世の中を良い方向に導きたい、利用者の為に何が出来るのか?を考えながら仕事する様に指導しています。当社に乗り換えて頂いて課題が解決する事が多いのも事実です。当社がSTAFFに求めるのは、商品説明のプロではなく、クライアントに寄り添って提案できるプロです。