賃上げの波に乗れない?中小企業経営者は何をするべきか

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記事のサマリー(要約)
物価高によって従業員の賃金引き上げが多くの企業に浸透しており、そのトレンドは中小企業でも例外ではありません。しかし、一時的な賃上げは可能でも、中小企業の賃上げは長期間定着しにくいのが現状です。その原因は企業によって様々あり、しかも一企業が解決できる問題ではない場合もあります。しかし一企業でも努力次第で賃金引き上げ、それに伴う業績向上も見込めます。この記事では、中小企業と賃上げに関して様々な角度から考察、さらに賃上げ定着とそれに伴う業績向上のための二つの方法、①人事制度定着と②生産性、価格転嫁力の向上、についても解説します。

昨今、約30年間停滞していた従業員の給料の水準について大きな変化の兆しが訪れています。政府の賃上げ政策によって、今年(2023年)の賃上げ回答が例年を大きく上回るペースになっています。経団連によると、2023年5月19日時点で、定期昇給とベアを合わせた賃上げ率は3.91%と、前年の同じ時期より1.64ポイント上昇しました。この調査は、従業員500人以上の大企業の内、21業種241社を対象に集計した結果であり、一見中小企業には関係のない話に見えるかもしれません。しかし、日本商工会議所と東京商工会議所が実施した調査によると、2023年度に「賃上げを実施予定」と回答した企業が58.2%、昨年同時期を12.4ポイントも上回る結果となりました。さらに財務省の調査によると、なんらかの賃上げを実施し、引き上げ率が3%以上の中堅・中小企業も5割近くに達しています。しかし同時に、パーソル総研の調査によると、小規模企業は賃上げに積極的でない傾向があることが分かっています。また、業績が好調な企業は「自社は賃上げに積極的」が52.7%であるのに対し、業績が不調な企業は15.9%にとどまっており、業績の良し悪しが賃上げへの態度に与える影響は大きいとされています。さらに、国は企業に賃上げを要請していますが、多くの企業経営層が「成長なくして賃上げは難しい」と考えているという結果が得られています。実態として企業の6割強が赤字という状況のなか、賃上げへの国の関与に否定的な経営層が3割近くに上ったという結果もあります。
このように、多くの中小企業経営層は賃上げ意識は高いものの、賃上げは業績の良し悪しに左右されることも多く、賃上げの実施、定着には課題が残ることがわかります。では、業績が安定しにくい中小企業において賃上げを実行し、さらに定着させるにはどのような工夫が必要なのでしょうか。

なぜ賃上げする必要あるのか

まず、なぜそもそも賃上げを行う必要があるのでしょう。政府の働きかけにより賃上げする企業が増えているのも事実です。しかし賃上げはそう簡単にできるものではありません。さらに、企業のお金の投資先は他にもたくさんあります。それでも日本の多くの企業が賃上げを実施しているのには理由があるのです。以下に一般的な賃上げのメリットを挙げます。

  1. 労働市場の競争力の確保: 賃金が適正で魅力的な水準に設定されている企業は、優秀な人材を引き付けることができます。競争力のある賃上げは、優れた人材を確保し、企業の成果や競争力を高めるために重要です。
  2. 従業員のモチベーションや満足度の向上: 適正な報酬や賃上げは、従業員のモチベーションや満足度を高めることにつながります。給与が公平で適切に評価されていると感じる従業員は、仕事に対する意欲や貢献度が向上し、組織全体のパフォーマンスにプラスの影響を与えます。
  3. 従業員の定着と離職率の低下: 適切な賃上げは従業員の定着を促し、離職率を低下させる効果があります。従業員は報酬の公正さや成長の機会に関心を持ち、経済的な安定感がある職場で働きたいと考えます。適正な賃上げは従業員の満足度や忠誠心を高め、離職を減らすことに繋がります。
  4. 労働環境の改善と労使関係の良好化: 賃上げは労働環境の改善や労使関係の良好化にも寄与します。従業員が公正な評価と報酬を受け取ることで、労働条件の改善やコミュニケーションの円滑化につながります。
  5. 生産性の向上: 適切な報酬や賃上げは従業員の生産性を高めることにつながります。給与や報酬が成果に見合っていると感じる従業員は、仕事により一層取り組み、生産性が向上します。
  6. 人材の育成と成長: 賃上げは従業員の成長を支援する役割も果たします。適切な報酬体系や賃上げ制度を導入することで、従業員はスキルや能力の向上に取り組む動機を持ちます。これにより、企業は内部から優秀な人材を育成し、将来のリーダーや専門家を確保することができます。
  7. 社会的責任の履行: 企業は社会的責任を果たす一環として、従業員に公正な報酬を提供することが求められます。適正な賃上げは、社会的な公平さや労働者の権利を尊重する姿勢を示す重要な手段となります。
  8. 法的要件の遵守: 各国には最低賃金や労働基準法などの法的要件があります。企業はこれらの要件を遵守し、最低限の報酬水準を保証する必要があります。

以上は、あくまでも一般的な賃上げのメリットであり、経営上のメリットにすぎません。

賃上げの必要性は他のところにあります。それは労働者の生活水準の維持です。

生活費や物価が上昇する現代社会において、賃金が上がらないままであれば、実質的な生活水準は低下してしまいます。賃上げは、物価上昇に対して生活費を賄うための必要な手段となります。生活水準を維持するためには、経済的な安定が必要です。十分な賃金を受け取ることで、生活の安定性が確保され、食料、住居、医療、教育などの基本的なニーズを満たすことができます。こうして適正な報酬を受け取ることで、労働者のモチベーションを高め、仕事に対する意欲やパフォーマンスを向上させます。それにより、生産性が向上し、企業の業績向上につながると言えます。

特に中小企業が賃上げを実施するメリットとしては以下のことが考えられます。

  1. 優秀な人材の確保と定着: 中小企業は大企業に比べて競争力やブランド力が劣る場合があります。しかし、賃金を上げることで優秀な人材を引きつけ、定着させることができます。良質な人材は企業の成長や競争力を高めるため、賃上げによる人材確保のメリットは大きいです。
  2. 生産性の向上: 賃金を上げることにより従業員のモチベーションや働きがいが向上します。生産性の向上は企業の業績や効率性を高めるため、コストカットにつながる可能性があります。従業員がやりがいを感じ、仕事に対して積極的に取り組むことで、生産性向上の効果が現れるでしょう。
  3. 顧客満足度とブランドイメージの向上: 中小企業が賃上げを実施し、従業員の働きがいや満足度を高めることで、顧客満足度の向上や良好なブランドイメージの構築につながることがあります。顧客は満足度の高いサービスを求め、ブランドに対する信頼性や魅力を重視します。
  4. 長期的な成長と持続可能性の確保: 中小企業が賃上げを通じて優秀な人材を確保し、生産性や顧客満足度の向上を図ることで、競争力を維持・強化し、長期的な成長と持続可能性を確保することができます。これにより、コストカットのデメリットよりも、賃金を上げることによるメリットが大きくなる可能性があります。

以上のように、企業自体のブランド力が乏しい以上、優秀な人材の確保や、それに伴う企業の生産性向上などを考えると、特に中小企業でも賃上げを行うメリットがあると言えるでしょう。

中小企業を取り巻く環境と賃上げの現状

人手不足について

東京商工会議所の2023年3月の調査によると、中小企業で「人手不足」と回答した企業は64.3%。なんと昨年同時期から3.6ポイント増加しているようです。 また、働く人にとって魅力ある企業・職場となるために実施・検討している取組は、「賃上げの実施、募集賃金の引上げ」(66.3%)が最多、とのことです。つまり人で不足を感じる中小企業は多く、人材の確保のためにも賃金の引き上げを検討している企業も6割以上おり、賃上げの必要性に迫られる状況になっていると言えるでしょう。

止むを得ない理由で賃上げする企業も

同調査によると、「賃上げを実施予定」と回答した企業は6割近く(58.2%、昨年+12.4ポイント)います。そのうち業績改善を伴わない「防衛的な賃上げ」は6割強とのことです。防衛的な賃上げとは、企業の存続のために止むを得ず賃上げを行っているということです。 つまりほとんどの中小企業では、賃上げが継続的に定着するとは言い難いのが現状なのです。

賃上げをしない理由は?

財務省の2023年の調査では、34社が賃金引上げを実施しない理由を回答しています。回答された理由は以下の通りです。

1.「業績の低迷(見通し含む)」34社中最も多く、原材料価格高騰などから業績が下がっていたためや、電気料金上昇に伴う大幅赤字のためなどが挙げられています。

2.「借入金の返済を優先」23社が回答し、利益をまずコロナ禍での借入金の返済に充てるためなどが挙げられています。

3.「景気回復の見通しが立っていない」14社が回答し、景気回復の見通しが立っていないため、将来的な業績不安があるためなどが挙げられています。

4.「人手不足が解消されていない」9社が回答し、人手不足が解消されていないため、賃金引上げによる採用・定着効果が見込めないためなどが挙げられています。

5.「その他」7社が回答し、その他の理由として、コロナ禍による業績不安や、事業の縮小・再編成などが挙げられています。

なぜ中小企業で人事制度、賃上げの定着が難しいのか

労働力に限りがある中小企業において、賃上げの定着は簡単なことではありません。賃金をあげるためには、そもそも賃金引き上げ以前に、人事制度が適切に運用されていないケースも多いです。複雑化する人材市場において適切な人事制度の構築は緊急必須の課題と考える経営者も多いのではないのでしょうか。そのため、経営者は、より高度な企業のマネジメント力が求められることになります。そこで、なぜ中小企業では賃金の引き上げが難しいのかの根本原因を理解し、企業全体のマネジメントの参考にしてみましょう。

企業の成長度合いとのミスマッチ

企業は、売り上げや規模の成長の度合いに応じて取り組むべき課題に対する方向性も変化します。人事制度についてもその時の状況に応じて適切な見直しが求められます。しかし、中小企業では成長度合いに応じた人事制度を構築するノウハウに乏しいため、社員数の増加に伴って大手企業の人事制度を模倣しようとしてしまいます。例えば最近注目されるジョブ型雇用は、成功している企業もあれば失敗例もあり、企業の業種、扱う製品、人材の特徴など多くの要因の検討が必要です。そのため、他の企業の方法で模倣して制度を構築しても、効果的に機能することはあまりないでしょう。特に評価制度においてこの傾向があるのは、大手企業のやり方を真似ればうまくいくだろう、という思い込みがあるためだと考えられますが、実際はそうではありません。重要なのは、企業の成長の規模、業種など、企業の特徴にに応じた評価制度の設計と運用です。

役職と等級の区別がされていない

近年大企業ではジョブ型雇用の推進が加速していますが、中小企業の多くではまだ職能資格制度が一般的です。そのため職務内容、つまり仕事の内容ではなく、経験年数が加味された伝統的な年功序列制度が多いのです。さらに多くの中小企業では、役職と等級が一対一に対応し(役職=等級)、役職を等級の呼称として使用していることが多いですが、これでは仮に等級制度が存在しても、全くないのと同じです。このようにヒエラルキーがなく、職位呼称(課長、部長など)のみの企業における最大の問題は、社員の成長意欲や向上心が萎縮してしまうことです。会社には限られたポストしかないため、上に課長や部長がいると、「その人がいなくならないと自分はポジションをもらえない」と感じ、昇格できない、給料も減らされる、といったネガティブな感情が生まれやすいです。これでは人材の活力を最大限に引き出すことはできません。
たとえ役職に就かなくても、階級別に自分の進歩や成長を実感させることができれば、キャリア開発を促すことにもなります。組織運営では、「役職」は従業員数や組織構造によって異なり、「ランク」は能力レベルや職務の大きさを規定するものであるため、両者を分けて共存させることが人事制度を考える上での肝になります。

成功例

中小企業では様々な理由で新しい賃金制度の定着が難しいことがわかりました。しかし、そのような問題を解決し、新たな賃金制度を導入し業績も向上した中小企業も多く存在します。ここではその一部を紹介します。

イーストライズ株式会社

イーストライズ株式会社は、地方勤務を実現するためにサテライトを活用しており、設立から10期連続で黒字を達成し、昇給や賞与支給を10期連続で実施しています。また、物価高を受けて、来期は5%のベアを実施する予定です。さらに、若い人に高い給与を支払うことを目指しており、現在は1,000万円プレーヤーも在籍しています。イーストライズの取り組みは、地方の賃金水準の向上に貢献しており、首都圏よりも高い給与を支払っているという声も聞かれています。
このような高い水準の賃上げに成功した理由は、テレワークの拡充によって、地方勤務をしながらも単価の高い東京の案件を獲得できる、という点が挙げられます。こうした業務のデジタル化を押し進め、場所に囚われない企業形態が高い給与水準につながっています。

トップ精工株式会社

トップ精工株式会社は、創業以来、社員や家族の幸せを望み、賃上げを実施してきました。しかし、リーマンショック時の業績悪化により売上が9割減少し、毎月2000万円の大幅赤字を計上。会社の存続のために、社員の給与を2〜3割カットする苦渋の決断を行い、倒産の危機を脱したとのことです。その後、徐々に業績が回復し始めた中で、自己資本が不十分な状態であっても、利益が出た時は積極的に社員に還元するために、赤字になると支給を停止する「停止条件付き手当」の仕組みを導入しています。また、全社員に住宅手当と家族手当を支給しており、これまで支給を停止したことはないとのことです。

田中精密工業株式会社

田中精密工業株式会社は、富山県富山市に本社を置く企業で、自動車部品等の製造を行っています。田中精密工業は、1948年に創業され、本田技研工業の関連会社として活動しています。高度な技術を持ち、F1マシン向け部品の加工やH3ロケットの部品加工なども手掛けています。
田中精密工業は、従来の年齢に応じて賃金が上がる仕組みでは、仕事に変化がないにもかかわらず人件費だけが上昇するという問題を解決するために、役割等級制度を導入しています。この制度では、社員を6段階の等級に分類し、若くても実力があれば飛び級し、勤続年数が長くても役割を果たせなければ等級を下げる、といったことを行います。等級内での定期昇給も行われ、欧米のジョブ型制度と日本の制度の良いところをミックスさせていると言えます。

新しい給与体系が制度として定着するには?

そもそもの賃金制度の方針を決める

賃金を上げるためには、そのための賃金制度を新しくする必要があります。しかし多くの中小企業では、自社に合った制度を導入できていません。その一因として、自社の状況を明確に分析できていないということも考えられます。自社に適合した賃金制度の方針を固める手順を、HRマガジンの『人事の地図』を基に解説していきます。

何のための賃金制度なのかを考える

そもそも、なぜ賃金制度を変える必要があるのかをもう一度考え直しましょう。会社として、何を実現するために新たな制度を導入する必要があるのかを決めます。そのためには、会社理念や経営方針を整理した上で、制度改正の必要性を明確にしましょう。具体的には、まず自社が今の段階で何を目指し、何のために評価制度を構築するのか?という目的について、社内でコンセンサスを得られている状態をつくります。その上で、社員の能力開発、業績向上という観点で、企業ならではの組織風土や価値観を考慮しながら設計していくのがポイントです。このときに、優秀な社員と一般社員の差をつけるのが目的ではないことに留意しましょう。あくまで、会社のために社員全体がレベルアップすることが重要なのです。

社員の意向確認

人事制度に関して社員の不満がないかの意向を調査します。社員自身が実は現行の人事制度に不満を持っている可能性もあります。例えば、管理職になると裁量労働制になり残業代が出ないため昇進したくない、頑張っている若手より何もしていない中堅社員の方が給料が高いのはおかしい、など、実は細かなポイントに社員は不満を抱えていることもしばしばあります。そのために、人事担当は定期面談やコミュニケーションをとることで現状を把握する必要があります。他にも、全社的なアンケートも効果的でしょう。

賃金分析によって、どのように賃金が支給されるのか把握する

在籍中の社員の年間の賃金や賞与のデータを基に、縦軸を賃金、横軸を役職、職種、年齢、勤続年数といったような属性で散布図を作ることで、現状の会社で賃金がどのように支給されているのかを把握することができます。
こうして図にして分析することで、「勤続年数が浅い方が昇給が緩やかなので若い人材の流出があるのでは」や、「勤続年数が長い人が以上に高い給与をもらい社内の不満の原因になっているのでは」など、自社の状況を考察することができます。

散布図のイメージ

価格転嫁力+生産性の向上

賃上げによるコスト増加は中小企業にとっては非常に大きな痛手となります。コストが膨らんでしまっては、賃上げによる従業員定着→生産性向上→業績UPのサイクルが出来上がる前に会社の体力が持ちません。実際、コストが増加した分価格を引き上げる力である価格転嫁力は、中小企業は非常に弱いとされています。つまり、中小企業は簡単に製品の価格を変えることができないのです。それには、取引先との関係性や市場支配力の差など、中小企業である以上しかたのない部分もあります。しかし東京商工リサーチの調査によると、価格転嫁が進んだ企業ほど賃上げ率も高いことがわかります。もちろん実際は十分に価格転嫁ができている企業は調査した企業全体の4.3%しか存在しません。経営資源の小さい中小企業ほど生産性の向上が求められるにもかかわらず、そのような企業ほど価格転嫁力がないという致命的なジレンマを抱えています。
価格転嫁力を上げるためには生産性の向上が不可欠です。この点に関しては会社の規模に関係なく、企業の努力次第で実現できる可能性があります。

ではここで生産性とは何なのか、について改めて確認しましょう。

企業活動における生産性は、経済用語で使用される概念であり、経済的なリソースを効率的に活用して生産活動を行う能力や効率の度合いを指します。具体的には、ある一定の生産要素(労働力、資本、技術など)を使用して生み出される生産物(商品やサービス)の量を測る指標として捉えられます。
労働者のスキルや能力、労働時間の適切な配分、労働環境の改善などが生産性に影響を与えます。他にも、生産に必要な設備や機械、技術的なノウハウなどの資本投資の適切な配置と管理体制も生産性に関わるものになります。これら生産プロセスを総じて、どれほど効率化されているか、人材が適切に配置されているか、ということが生産性を左右する要素になります。

要するにどれだけ効率的に製品やサービスを生産できるか、ということになります。これは言い換えると、無駄な業務がないかどうか、ということです。自分の会社の生産プロセスを細かいところまで振り返ってみて、全く無駄のない業務があると言い切れるでしょうか。たとえば大量のコピー料金、接待や会食にかかる経費、次のアクションを明確化できない意味のない会議、など、こうした業務と呼べない業務のためにコストがかかってしまうようでは経営の合理化、効率化はいつまで経っても訪れません。現場レベルでは生産に無意味な業務が蔓延っているかもしれないので、なるべく客観的に企業の状況を観察してみましょう。

では、中小企業の生産性の向上はどのようにしてなされるのでしょうか。生産性向上には二つ要素があり、一つ目に挙げられるのは①中小企業の新陳代謝の活性化です。これはどういうことかというと、日本では生産性の低い中小企業も、政府の中小企業向けの経営支援策に依存することで存続しているケースがあり、経済の全体の生産性を下げている可能性があるのです。これについては、コロナ危機対応として導入された融資の返済開始期間が2023年夏〜2024年にかけて訪れる見通しであり、生産性の低い企業の倒産件数が増加すると指摘されています。一見不穏な雰囲気ですが、これは好機です。なぜなら、生産性の高い中小企業へ経営資源が集中し、人材の能力育成や雇用の流動性も高まることが予想されるからです。これに関しては企業自体の努力というよりは企業を取り巻く環境によって結果的に生産性の高い企業が生き残る、ということですので、次が重要です。
それは②設備投資、人的資本への投資の強化です。東京商工リサーチが公表した2022年のアンケートでは、中小企業の4割超えがデジタル化に「取り組んでいない」もしくはデジタル化の第一段階(紙のペーパーレス化など、比較的簡単に行えるデジタル化)に止まっているというのが現状です。つまり、DX化が叫ばれる現代社会においても、業務プロセスの見直しを行う「デジタライゼーション」、デジタル技術で新しいビジネスモデルを実現する「デジタル・トランスフォーメーション」に着手できていない企業が半数近く存在するのです。もしご自身の会社もこのような現状であるならば、デジタル化、デジタル人材の育成確保は急務の取り組みであると言えます。自社のビジョンとして今後どの業務、どの領域をデジタル化していくべきなのか、経営戦略までしっかり遡り、本格的に対応して行かなくてはなりません。そして、業務のデジタル化に投資するためには会社のリソースを無意味に削く業務を見直す必要があります。現場レベルからの業務の見直しこそが、生産性UP→賃金引き上げ→生産性UP…のサイクルを生むのです。