近年、政府主導の働き方改革に伴い、労働時間管理の重要性が高まっています。2022年の働き方改革関連法の施行により、時間外労働の上限規制が中小企業にも適用されるなど、すべての企業が働き方改革に取り組む必要が出てきました。
厚生労働省の調査によると、 導入率が高い大企業では8割超がフレックスタイム制を採用している一方、中小企業では3割程度にとどまっているのが実情です。労働生産性の向上や働き方改革を進めるうえで、企業の規模を問わず、フレックスタイム制の導入促進が求められています。
本記事では、フレックスタイム制導入のメリットと必要な手続きを解説するとともに、実際の導入プロセスにおけるポイントや注意事項をできるだけ具体的に提示します。
フレックスタイム制とは、核となる時間帯(コアタイム)を設けつつ、その前後の時間帯の出退勤時刻を社員の裁量によって決められる勤務制度です。労働時間管理は総労働時間で行い、1日や1週間の勤務時間をある程度調整できるのが特徴です。
コアタイムは通常、午前10時から午後3時頃の5時間程度が一般的です。コアタイム中は全社員が出勤することで、会議等の業務運営を効率的に進められます。その他の時間帯は、個人の事情に応じて柔軟に出勤時刻を設定できるなどのメリットがあります。
一方で注意点として、コアタイムが長いほど労働時間の裁量性は下がります。また、始業・終業時刻が社員によって異なるため、朝礼や終礼を実施しづらくなるといったデメリットもあります。
このほかに、裁量労働制もあります。業務遂行手段や時間配分を社員本人に任せる制度ですので、創造性や自律性を重視する職種に適しています。一方で、業務内容を明確に定めないと、サービス残業などの弊害がでやすいといった側面にも留意が必要です。
企業にとって一番肝心なのが、制度導入のメリットです。働き方を変えたところで企業の業績につながるのか、疑問の方も多いと思われます。しかし、フレックス制度は企業の生産性向上も期待できる非常に有益な制度です。ここでは、フレックス制を導入するメリットを具体的に5つほど、説明します。
社員のワークライフバランスが改善しやすくなる
子育て世代が朝晩に家事を行いやすくなったり、通勤ラッシュを避けることができます。「仕事に向かう」という時間のストレスや、家事との時間が被るなど、従業員にとってはストレスでしかありません。働く時間の自由化は従業員の心身の健康にもつながり、モチベーション維持に役立つでしょう。
通勤時間や残業時間の削減で生産性向上が期待できる
出勤時間の調整で、通勤ラッシュを避けられ、生産性の高い時間に働きたい人が活躍しやすくなる。また、朝方の人は朝早く、夜型の人は夜遅くに勤務時間を調整することができるため、それぞれが精力的に働くことができ、さらなる生産性向上が期待できます。
働き方の選択肢が増え、優秀な人材の確保に有利になる
オフィスからの距離や家族の状況、身体的な懸念など、個々の事情に配慮した働き方が可能なため、優秀な人材の確保に有利となります。実際に働き方の自由度の高い企業は求職者に人気です。
在宅勤務を活用すれば、オフィスコストも削減できる
テレワークと組み合わせることで、事務所スペースを削減できる可能性もあります。シェアオフィスやサテライトオフィスなどの活用によって、オフィスのコストを抑えることができます。
服装・頭髪の自由度向上
意外と従業員にとって重要な点ですが、朝の準備時間が省け、心理的な負担が軽減されることが挙げられます。
このように、業務効率化だけでなく、雇用環境の改善という点でも、大きなメリットが期待できます。企業の働き方改革にフレックスタイム制は欠かせません。
以上のようにメリットの多い制度ではありますが、その一方で中小企業ではフレックス制度の導入率は低いままです。そこには隠された障壁や課題がいくつもあることがわかります。フレックス制を導入しづらい中小企業ならではの理由として、次の点が考えられます。
導入コスト(システム改修、労務管理)への負担感
勤怠管理システムの改修や、労務管理業務が複雑化することへの負担感が障壁となる場合が多いでしょう。
社員数が少ないと勤務シフトが調整しづらい
社員が10人未満の小規模な場合、シフト調整が難しく、サービス提供に支障をきたす可能性が考えられます。
テレワーク環境の整備に課題がある
在宅勤務を活用するには、セキュリティ対策などのIT環境整備が必要で、コストが障壁となることが考えられます。
業務内容によっては裁量労働が難しい場合もある
製造業などの現場作業では、裁量労働制の適用は難しいケースも多いです。業種業態による適性の差があるのが実際のところでしょう。
従業員の意識改革に時間がかかる可能性
自律的な働き方を定着させるには、社員教育と意識改革が不可欠で、すぐには成果が出ない可能性があります。
このような課題はあるものの、メリットを上回る効果が期待できるケースも多いはずです。新たな制度を導入するのは何事も難しいですが、企業においてフレックス制の導入を検討する価値は十分あると言えるでしょう。
これまでの話では制度導入のイメージが沸かないと思われます。以下では導入の具体的な手順例を提案します。何からどう準備するのか、その参考にしてみてください。
1. 労務管理担当者が中心となり、導入の目的とメリットをまとめる
導入目的(社員のワークライフバランス向上、残業時間削減等)と期待されるメリットを整理し、上長や社長の承認を必要とする場合は、資料の作成も行いましょう。
制度導入に際して、例えば以下のような目的が考えられます。
– 残業時間の削減、健康管理への配慮
– 通勤時間の削減による生産性向上
– 子育て世代の働きやすさ向上
– 優秀な人材の獲得・定着
また、経営陣と検討会を重ね、業種業態に応じた課題と解決策を模索していきます。メリットを最大化し、デメリットを最小化するように意識しましょう。
2. 仕事の内容と必要な労働時間から、適用可能な制度を選択する
例えば、裁量労働の導入を検討しているならばフレックスタイム制の導入から、というように、いきなり変えるのではなく現実的な変更点から実施していきましょう。また、フレックスタイム制は全社的に導入することもできますが、まずは試験的に一部の部署や労働者を対象に導入することをおすすめします。業務内容によっては裁量労働が難しい場合もあるため、導入しやすい部署から順次拡大していくことが望ましいでしょう。
また、今までの働き方との違いを社員に納得してもらうためにも、コアタイムは短めに設定し、社員の裁量範囲を大きくとることも検討してみます。
3. 導入に要するシステム改修や装備購入のコストを算出
フレックスタイム制を導入するにあたり、アナログの在席管理ではなく、ICカードやスマートフォンを用いたデジタルの勤怠管理システムを導入することが効率的です。クラウドサービスを利用すれば導入コストを抑えることもできます。また、テレワーク機器はリースすることも選択肢に入ってきます。どの企業と提携するかも準備段階でリサーチしておきましょう。
(1) 労使協定の締結
フレックスタイム制の導入には、管理監督者を除く労働者の過半数代表との間で、労使協定を締結する必要があります。協定では以下の事項を定めてください。
– 対象労働者の範囲
– コアタイムの設定 (※)
– フレキシブルタイムの設定 (※)
– 清算期間 (上限3か月)
– 清算期間における総労働時間
– 標準となる1日の労働時間
– 超過・不足時間の取扱い
※設定は任意ですが、設定する場合は時間帯を明確に定める必要があります。
(2) 就業規則の改定
就業規則の変更手続き(従業員への周知等)を経て、フレックスタイム制や労使協定に関する規定を盛り込みましょう。併せて賃金規定の改定も必要です。
(3) 労使協定の届出
清算期間が1か月を超える場合は、労使協定を所轄の労働基準監督署に届け出る必要があります。届出がない場合、有効な協定とはなりません。
4. 制度の円滑な運用
(1) 社内への周知徹底
フレックスタイム制を円滑に運用するには、社内の理解が必要不可欠です。労使協定の内容や実際の勤務体制を丁寧に説明し、社員教育を行ってください。とくに、コンプライアンスの重要性を強調することが大切です。
(2) トライアル期間の設定
最初は試行期間を設け、効果や問題点を把握した上で、必要に応じて制度の修正を行うことを検討しましょう。新しい勤務体制の定着には時間がかかる場合もあるため、無理のないステップで進めることが重要です。
(3) 実績の評価と改善
トライアル期間後は、労働時間のデータを分析し、残業時間の削減効果や生産性の向上など、導入効果を評価することが望まれます。併せて、改善点を洗い出し、次のステップにつなげることが大切です。
フレックスタイム制の導入には、多くの手続きが必要ですが、段取りを守れば円滑に運用することが可能です。積極的な働き方改革は、業績アップにもつながります。従業員の意識改革とともに、労務管理の改善に取り組みましょう。